ドッキリだと思ったらホントウに初受注だった。

前回の投稿「会社に向かないから会社をつくることにした。」では、自分のどうしようもない人間ぶりを開きなおって書いたつもりだったのだけれど、意外にもポジティブな声を多くいただいた。

わざわざ、熱いメールを送ってきてくれる方なんかもいたりして、そのたびに「恐縮です」と返していると、だんだん「恐縮」という二文字だけでは自分の恐れ入りぶりを表現するのに物足りなさを感じてきて「恐れ縮みます」と連呼していたら、妻から「それって下ネタに聞こえてるんじゃないの?」と指摘されて、顔面が蒼白した。やはり、わたしはどうしようもない人間である。

とくに驚いたのは「株式会社 一(ぼう)のメンバーになりたい」とメッセージを送ってきてくれた方々がいたことだ。大変ありがたかったのだが、丁重にお断りさせていただいた。これを機に、それぞれが自分の方向性を追求しながらも、同じ方向性をゆるく目指せるような関係性を築けたら嬉しい。

というか情けない話、社内メンバーを雇えるだけの安定した仕事も資金もない。そもそも、まだ会社だって正式には登記していない。会社を設立するだけで仕事がわんさか入ってきてくれるのなら、会社を設立しつづけるだけで生きていこうと強く思うところだけれど、世の中はそんなに甘くない。いつまでもあたたかいメッセージに浸っていることなく、営業メールをコツコツと送っていかなければ。

そんな矢先、とある一通のメールが届いた。

相手は、大阪市内で美容業を営んでいる設立まもない会社の女性の社長さんで、「オリジナルのコスメブランドを立ちあげるので、コンセプト設計からコピーライティングをお願いしたい」とのことだった。どうやら、わたしが宣伝会議賞でグランプリを受賞したころから、わたしの駄文や駄作を読みつづけてくれているらしい。「なんで、こんな腹の出たおっさんなんかにコスメの案件を?」とも思ったが、そんな疑問を払拭してくれるような熱のこもったメッセージが続いていて、「ここまで言われたら、この人のために全力を尽くそう」と思った。

営業をかけようと思っていたところに、クライアントのほうから案件の依頼が届くだなんて、身にあまる光栄だな。しかも、ここまでわたしのことを買ってくれているだなんて。そこまで考えたとき、「待てよ」とハッとした。もしかしたら、これ、ドッキリなのではないだろうか、と。ああ、絶対にドッキリだ。こんなにうまいタイミングで、こんなにうまい話なんてあるわけないじゃないか。うっかり、ぬか喜びしてしまった自分が情けない。

いったい、相手は誰だろう。そのとき、とある男の悪寒のような笑顔が背筋をよぎった。まちがいない、あの男だ。なんてやつだ、ほんとに。ようし、こうなったら絶対に許さんぞ。徹底的にやってやろうじゃないか。なんとか心を落ちつけて、こちらの高ぶりを悟られないように、最初の打ち合わせのスケジュールを冷静に入れる。

そして、ついに対決の日を迎えた。

指定された住所へ出向くと、そこには洋館のような佇まいのビルが。エントランスにはレトロな黒電話が置かれていて、部屋番号をダイヤルすると本当に女性が出た。ここでバレて逃げられないように、わざわざ女性役まで手配したのだろうか。さすがである。

重厚な雰囲気が漂う廊下を進むと、その両脇にはランプが揺らぎ、異世界へ迷いこんでしまったかのような浮遊感に我を忘れてしまいそうになる。そのたびに、きゃつのニャリ顔を思いうかべては頭を振り、部屋のドアを毅然とノックする。そして、ポケットに忍ばせておいた蜘蛛のおもちゃをギュッと握りしめる。わたしの姿を見た瞬間に「ドッキリ大成功〜!」などと嗤いやがったら、奴の大嫌いな蜘蛛を次から次へと投げつけてやるのだ。そう両足に力を込め、いつでも豪速蜘蛛を投げられるようにと腰をすこし落とした瞬間、ドアが開き、目の前にはロンドンの街なかから飛びだしてきたようなカッコイイ女性が立っていた。

ポケットのなかで蜘蛛を握りしめながら、部屋の隅々を蜘蛛のように歩きながら見渡すも、あの男の姿はない。なんと。これは。もしかしたら、ドッキリではなく本当に、株式会社 一(ぼう)の初受注だったのかもしれない。ある意味、ドッキリである。

ドッキリを仕掛けもせずに、ドッキリを成功させるとは、なんて野郎だ。よく考えたらなにもしていない男への憤りをなんとか抑えこむと、今度はドッキリだと疑ってかかっていたことがなによりも相手に申し訳なくなってきて、心の底から恐縮するどころか、まさに恐れ縮んだ。やはり、「恐れ縮む」は下ネタなんかじゃないのである。そんなことはどうでもいい。

とにかく、初めての大切なお客様へいきなり蜘蛛を投げつけるだなんていう意味不明すぎる事態に陥らなくてよかった。本当に。