共感というか「共振」ベースで一緒に仕事をする。

蜘蛛を投げかけた初受注に続き、二つ目の依頼が届いた。

どなたかのリツイートでTwitterのタイムラインに流れてきたわたしのブログを読んで、反射的にダイレクトメッセージを送ってきてくれたらしい。そのせいか、わたしのことを「田口さん」と連呼されていて、「ああ、これは悪い人ではないな」と反射的に思った。

とある関西のウェブ制作会社の社長さんで、「社名や事業形態の刷新を考えているので、コンセプトワークからネーミングまでお願いしたい」とのこと。プロジェクトの根幹を支えるコンセプトから考えさせてもらえる案件が続き、とてもありがたい。そのほうが相手の課題をより効果的に解決できるコピーを書く自由度も高まるからだ。

このようなケースでは、基本的にまず「ヒアリング」を通して、商品やサービス、企業やプロジェクトが抱えている「課題」や「強み」を見極める。そして、その「強み」を武器にして現状の「課題」を解決するために進むべき方向性を言語化した「コンセプト」をつくり、その「コンセプト」を軸にして「コピーライティング」や「ネーミング」を考えていくステップで進めている。どなたか偉い人に習ったわけではないので正式な手法ではないのかもしれないけれど、どなたか偉い人に習ったような正式な手法ではやりたくもならない気がするので許してほしい。

わたしは初対面の人と話すのが銅像並みに得意ではないので、正直、これまではしょっぱなの「ヒアリング」を苦手に感じることも少なくなかった。まず、相手の目を見て話すことがどうもできないのである。感情の盗み見あいになるような気がして。ただ、メリットもある。ヒアリングでは、相手が「課題」だと思っていることではないところに本当の「課題」が潜んでいることも多い。ここの課題設定を相手に呑まれて外してしまえば、プロジェクト全体が形骸化してしまう。その点、相手の目を見て話せないわたしは、相手の表情や感情に惑わされにくく、相手が発する言語情報だけに集中して、より客観的に課題を見つけやすいのではないか。そう前向きに歯を食いしばって強がっている。

とはいえ、このままでは奥歯がボロボロになってしまうので、苦手意識を克服したいのも本音である。ただ、なぜか不思議と、株式会社 一(ぼう)へ立てつづけに届いた二つの案件のヒアリングは苦手どころか楽しくて仕方がないものとなり(相変わらず相手の目を見て話すことはあまりできなかったけれど)、「なんでだろう」と逆に考えさせられてしまった。それで、おこがましい話だけれど、もしかしたら大前提として、相手がわたしの考えかたに少なからず「共振」してくれていたからではないかと思った。どちらも、わたしの文章を先に読んでくれていた方々だったので。もちろん、「共感」なんかじゃない。それは、さすがにおこがましすぎるから。

共感までできるかどうかは分からないけれど、すこしだけ振れはした時点でサッと声をかけてきてくれる。そういう人とは、なんだか最初から素のままで振れあえる。「田口さん」と名前をまちがえながらでも、衝動的にメッセージを送ってきてくれる人ならば、きっとまちがいない。共感というほどまではズッシリとしたものではないぶん、心地よいスピードと距離感を保ちながら同じ方向性を目指せるような楽しい関係を築きやすいのではないかと思った。

もし、その認識が正しいとすれば、やっぱり自分ひとりの会社をつくる意味は大きいのかもなと、まだ正式には設立してもいないくせに改めて感じた。なぜなら、所属している会社ではなく、自分自身の考えかたや価値観を「企業理念」などといった容れものにのせて宣言しやすいからだ。そして、それに振れてくれた人たちが振れあいにきてくれる。もしかしたら、独りになるのはさみしいことだと思っていたけれど、むしろその逆で、独りになればさみしくないのかもしれない。

その結果かどうかは知らないけれど、言葉の重要性を痛感している相手から仕事が届いているのもシンプルで分かりやすくて嬉しい。こちらとしても一字一句まで、全力で向きあえる。「企画やデザインが面白ければ、言葉の部分は大体でもいいですよ」なんて本音が透ける相手だと、やりきれない侘しさを感じることもあるから。「言葉」の会社として謳っている以上、そういった依頼はもう来ないのではないかと思う。

もちろん、心地よくて楽しいだけの関係ではダメなのかもしれない。ただ、根本的な考えかたが共振しあえている相手ならば、遠慮なく意見をぶつけあうことだってできるはずだ。そして、刺激というか、揺りもどしのような振動もモロに受ける。現に、前回と今回の案件をいただいた二人が経営者の方だったこともあり、「起業はもっと自由でいいのだ」というスタンスを垣間見て、すでに勝手に共振しはじめている。

はじめて会社を立ちあげようとするなかで、「はやく会社としてちゃんとしなきゃ」などとついつい堅くなることもあるのだけれど、わたしがそんなふうに肩の力を入れすぎそうになると、「ある意味テキトーに楽しんでやりましょう!」だとか「会社員として培ってきたやりかたを馬鹿正直に踏襲する必要なんてないですからね!」などと、わたしの頼りない猫背をそっと揺らしてほぐしてくれたりするのだ。

たとえば、会社としての全般的な体制を整えるために、お問い合わせフォームやメールでのやりとりが前提となるコミュニケーションも用意しているけれど、もうメッセンジャーやチャットワークなどでのフランクなやりとりありきで割りきって設計してしまってもいいのかもな。そんな風に感じたのも、仕事の相手から受けた共振のひとつである。さっそく、会社の「CONTACT」にはチャットワークIDを追加した。別に仕事の話ではなくても、お気軽に声をかけていただけたら嬉しい。雑談しましょう。

お互いにとってストレスがあるものならば、どんどん省いてしまえばいい。もちろん、そのためにも相手との最低限の関係性が必要になる。だから、はっきりとしたイメージとしてはまだつかみきれていないけれど、共感というよりは「共振ベース」くらいの感覚で一緒に仕事ができるというのはとてもいいんじゃないかなと、なんとなく思った。(ちなみに、この「共振」という言葉は、4文字で自分を伝えてみるアプリ「Ping(ぴんぐ)」からヒントをもらった)

なので、ひとまず、一緒に仕事をする相手との最初の接点となる「ヒアリングシート」の末尾には、「せっかくのご縁なので、いつか振りかえったときにも『楽しかったね』と語りあえるような時間にしましょう」という文言を添えることにした。単なる案件の発注者・受注者ではなく、人生を楽しく振れあえるような関係になれることを願って。すこし大げさなような気もするから、すぐに恥ずかしくなって変えてしまうかもしれないけれど。